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【2016年】映画監督のなり方

映画の作り方

「映画監督のなり方」のモデルケースをまとめました。

現在、映画監督になる方法はザッとこんな感じです。

 

  • 自主映画で名前を売る
  • 現場スタッフ、助監督からのし上がる
  • CM業界からの転向
  • テレビ業界からの転向
  • その他(芸人、役者、舞台)

 

自主映画から商業映画へ

自主映画界から名前を売るには、まずコンペティションで賞を取ることが一般的です。現在商業映画で活躍されている映画監督で、自主映画出身の方の例を見てみます。

 

園子温

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愛のむきだし』、『冷たい熱帯魚』、『地獄でなぜ悪い』等

ぴあフィルムフェスティバルで入選し、映画監督として頭角を現しました。

 

入江悠

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SR サイタマノラッパーシリーズ』、『日々ロック』、『ジョーカーゲーム』等

ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で入賞しています。

 

石井裕也

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『川の底からこんにちわ』、『バンクーバーの朝日』等

ぴあフィルムフェスティバルにてグランプリを獲得してらっしゃいます。

いまや、満島ひかりの旦那様です!!!(くぅ〜、羨ましい)

 

 

自主映画から商業映画にのし上がるには、映画賞を取るのが必須といっても過言ではなさそうです!!

 

 

助監督からの叩き上げ

かつては演出部として、映画監督を目指すには助監督から経験するのが一般的であった。これは、撮影や照明、出演者といった映画界の職人を相手に采配を振る監督という立場の学習でもあり、映画監督を目指す者にとっては、そもそも映画とは何かを勉強するための修行期間と位置づけられていた(もちろん、助監督を専業とするパターンもある)。wikiより

しかし最近では助監督出身の商業映画監督はあまり見られないですね。助監督になったからといって監督への道が保証されているとは限りません。助監督は雑務が多いので、体力勝負な部分があります。素晴らしく旧世代的世界ですね。

 

 行貞勲

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『GO』,『世界の中心で愛を叫ぶ』,『パレード』,『ピンクとグレー』等

岩井俊二監督の助監督出身です。一時はヒットメーカーの呼び声も高かったです。

 

助監督はどんな監督の元につくかで磨かれるスキルが変わってきそうですね!弟子入り的な感じです。助監督はシネマプランナーズ等でよく募集されているので覗いてみるのもいいかもしれません。

 

CMディレクターから映画監督へ

CMディレクターは仕事で映像を撮りまくっているので、割とスムーズに映画監督になられます。映画監督になりたくてCMディレクターになる方も沢山いらっしゃいます。

 

吉田大八

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腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『桐島、部活やめるってよ。』、『紙の月』等

吉田さんはCM制作会社TYO(ティーワイオー)出身。20年間CMディレクターとして活躍されてらっしゃいました。

 

中島哲也

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下妻物語』『告白』『渇き。』等

大学卒業後、CM制作会社にお勤めになられていました。学生時代ぴあフィルムフェスティバルに入賞されています。

 

海外にも沢山いらっしゃるCM→映画監督。これが一番貧乏しなくていい映画監督のなり方かもしれません。しかし、CMディレクターになるのも一筋縄ではいきません。CMディレクターも一般企業と同じように新卒採用からなるパターンが多いのですが、普通の学生を採用するはずがなく、既に映像作家としてのスキルが備わっていないとダメです。なので、就職活動が始まる前に映画賞のひとつやふたつを穫っておきましょう。

 

テレビから映画業界へ

テレビマンが映画監督になるパターンも多いです。

 

是枝裕和

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『誰も知らない。』『そして父になる。』『海街diary』等

テレビマンユニオンという番組制作会社から映画監督に転向。もとはドキュメンタリー番組のディレクターでした。だから子役をあんなに自然に使えるのか〜!

 

大根仁

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モテキ。』『バクマン』等

映像系の専門学校に進学し、在学中に制作したPVが当時専門学校に講師で来ていた映画監督・堤幸彦の目に留まり、その縁で堤と秋元康が作った番組制作会社「SOLD OUT」に入社。その後深夜テレビドラマの演出をし、『モテキ。』で映画監督デビュー。

 

テレビの制作会社で実力をつけて、映画監督デビューするんですね。最近ではテレビ出資の映画が多いのでスムーズに移行できそうです。テレビドラマの演出は外部の演出家に依頼するパターンと、社内演出家を使うパターンがあり、そこから映画監督という道もあり得ます。なので、①制作会社に就職、②キー局のドラマ班に就職の2パターンありますね。

 

異業種から映画監督になる

最近多くなってきましたね。もともと名前が売れていてお金が集まり易いのでしょう。

 

異業種とはいえ皆さん表現者です。映画というメディアに変わっただけで、確固たる実力があるのでなれるのでしょう。海外ではストリートアーティストも商業映画監督として成功しています。バンクシー有名ですからね。。。

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まとめ

映画監督のなり方に確立された道筋はなく、確固たる「実力」と「結果」を残しさえすれば映画監督にはなれます。映画監督になりたい人は、自分の今おかれている状況を良く判断して、どうすれば「実力」をつけ、「結果」を生み出せるかを加味して今後の進路を決めればいいと思います。